大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所八王子支部 昭和47年(ワ)644号 判決

原告

被告

合資会社亀屋

主文

被告は、原告に対し、金三二六、八五〇円およびこれに対する昭和四四年二月二六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金三七一、〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年二月二六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  森下良一は、昭和四一年四月二六日午後四時五分ごろ、東京都武蔵野市関前二丁目一、〇一五番地先路上において、軽四輪貨物自動車(以下「加害車」という)を運転中、おりから前方路上を横断しようとしていたエリーゼ・妙子・プラデイ(以下「被害者」という)に衝突し、同人に前額部、右顔面挫創、左右両膝部挫傷の傷害を負わせた。

2  被告は、本件加害車を所有し、その使用人である森下良一に加害車を運転させていたものであるから、加害車の運行供用者として、自動車損害賠償保障法第三条(以下「自賠法」という)により本件事故により損害を被つた被害者の後記損害を賠償する責任がある。

3  被害者は、本件事故当時、満五歳の女子であつて、株式会社劇団若草附属養成所に所属し、モデルとして稼働していた者であるが、そのまま右劇団に所属していたならば、将来相当の収入をあげ得たことは明らかであり、少なくとも一八歳未満の女子無職者が将来就職した場合にあげ得る金一、九七二、〇七四円以上の収入をあげ得ることは確実であつた。ところが、被害者は、本件事故により顔面に著しい醜状の後遺障害を残しており、これは自賠法施行令(昭和四一年政令第二〇三号による改正前のもの。以下同じ。)第二条別表第五級に該当するので、被害者は五六パーセントの労働能力を喪失したことになる。そうだとすると、被害者は本件事故による後遺症のため金一、三一六、三六一円の損害を被つたことになる。その算式は次のとおりである。

(1) 後遺症による逸失利益

¥1,972,074×56/100=¥1,104,361

(2) 後遺症による慰謝料(当該等級の保障金額×2/5)

¥530,000×2/5=¥210,200

(3) ¥1,104,361+¥212,000=¥1,316,361

4  加害車が強制保険に加入していなかつたため、原告は、昭和四四年二月二五日、被害者の請求に基づき、被害者の後遺障害が自賠法施行令第二条別表第五級に該当するものと認定したうえ、その保障金額五三〇、〇〇〇円に被害者の過失三割を乗じた金三七一、〇〇〇円を被害者に支払つた。したがつて、原告は、自賠法第七六条第一項により右給付額を限度として、被害者が被告に対して有する損害賠償請求権を取得した。

5  よつて、原告は、被告に対し、金三七一、〇〇〇円およびこれに対する被害者に給付した日の翌日である昭和四四年二六日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実を認める。

2  同第2項の事実中、被告が加害車を所有し、その使用人である森下良一に右加害車を運転させていたことを認め、その余は争う。

3  同第3項の事実中、被害者の後遺症およびその等級を否認し、その余は知らない。後遺症とは明らかに回復の見込みのない症状を予定しているものであるところ、被害者の症状は手術により回復可能なものであるから、後遺症に該当しない。

4  同第4項の事実中、加害車が強制保険に加入していないことを認め、その余は知らない。

三  被告の抗弁

1  本件事故は、被害者がその母親に手をつかまれて路上に進出することを制止されていたのにかかわらず、これを無視して、時速約二〇キロの速度で進行していた加害車の進路前方に飛び出したため発生したものであつて、加害車を運転していた森下良一には過失がなく、かつ、加害車には構造上の欠陥または機能上の障害もなかつたから、被告は本件事故についての損害賠償義務はない。

2  仮に、右森下良一に過失があつたとしても、被害者にも前記のような過失があるので、被害者の損害額を算定するに当たり、右過失を斟酌すべきである。そして、被告は、被害者に対し、治療費として金一〇四、五〇〇円を支払つたが、本件の場合、右のように、被害者にも過失があるのであるから、まず、本件事故による被害者の総損害額を算定したうえ、これに過失割合を乗じて被告の負担すべき損害額を算出し、その額から前記支払額を控除して被告の負担額を決すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁第1項の事実を否認する。

2  同第2項の主張を争う。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因第1項の事実、同第2項の事実中、被告が本件加害車を所有し、使用人森下良一をして右車両を運転させていたことは当事者間に争いがない。してみると、被告は、自賠法第三条に基づき本件事故による被害者の損害を賠償する責任がある。

二  そこで、被告の抗弁について検討する。

1  〔証拠略〕によると、森下良一は、加害車を運転して西久保方面から境駅方面に向い時速約三〇キロの速度で進行し、本件事故現場付近にさしかかつたところ、対向車線に停車中のタクシーから降り進路前方の道路を横断しようとしていた被害者およびその母親を、その手前約一五メートルの地点で発見したので自車を若干減速したが、被害者の母親が横断を中止して前記タクシーの後方に後退したため、自車の通過を待つてくれるものと判断し、再び加速して進行したところ、被害者が前記タクシーの陰から自車の進路前方に急に飛び出して来たので、急ブレーキをかけたが及ばず、被害者に自車を接触させたことが認められ、右認定に反する〔証拠略〕は採用できず、また、〔証拠略〕も措信できない。他に右認定を動かすに足りる証拠がない。

2  右認定のとおり、森下良一は、自車の進路前方を横断しようとしていた被害者らを発見したのであるから、同人らがいつたん横断を中止して自車の通過を待つような行動に出たとしても、そのことによつて業務上の注意義務が阻却されるわけではないから、被害者らの動静に十分注意して自車を運転し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるといわなければならず、右森下良一が加害車を運転するに当り、右の注意義務を怠つたため本件事故が発生したものであつて、本件は信頼の原則が適用されるような事案ではないので、同人は本件事故に対する過失責任を免れることができない。したがつて、被告主張の免責の抗弁は、その余の点について判断を加えるまでもなく失当である。

3  しかしながら、被害者は、加害車の進路前方を横断するに際し、左右道路の交通の安全を確認しないまま急に飛び出したものであり、本件事故は被害者の右過失に起因するところ大であるから、被害者の損害額を算定するに当つては、被害者の右過失を斟酌すべきであり、そして、前記認定の各事実を総合すれば、過失割合は森下良一につき三、被害者につき七と認めるのが相当である。

三  そこで、被害者の損害について判断する。

1  〔証拠略〕によると、次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

被害者は、本件事故当時、満五歳の女子であつて、昭和三九年一〇月、株式会社劇団若草附属養成所に入所し、同月四日から昭和四一年九月一一日までの間、一七回モデルとして稼働し合計金三九、八六四円の収入をあげていたが、本件事故により前額部、右顔面挫創の傷害を受けた結果、前頭部から前額部にかけて長さ約四センチメートル、深さ約〇・四センチメートルの、右頬部に長さ約六センチメートル、深さ約〇・二センチメートルの瘢痕があり、そのため昭和四二年三月に前記養成所から退団を命ぜられ、モデルとして稼働することができなくなつた。なお、右の瘢痕は女子の外貌に著しい醜状を残すものとして、自賠法施行令第二条別表第五級九号に該当する。

2  ところで、女子の外貌に著しい醜状が残つていて、それが自賠法施行令第二条別表記載の後遺障害に該当するとしても、それは本来労働力にあまり影響を与えるものでないから、右後遺障害の存することが、女優や歌手等特殊のケースを除いては、直ちに稼働能力の一部を喪失したものということはできない。しかし、本件の場合、被害者が前記養成所に所属し、モデルとして若干の収入をあげていたことは前記認定のとおりであるけれども、右養成所には短期間しか所属しておらず、その収入もそれほど多くはないし、将来被害者がモデルとして稼働し高収入をあげる得か否かは、本件全証拠によつてもにわかに決し難いところである。したがつて、被害者の前記後遺障害をもつてしても直ちに労働能力を喪失したものと認めるのは困難である。

3  しかし、被害者が本件事故により精神的苦痛を被つたことは明らかであり、そして、本件事故の態様、傷害の程度、入院期間、後遺障害の程度、被害者の過失その他諸般の事情を斟酌すると、被害者の精神的苦痛を慰謝するには金四〇〇、〇〇〇円をもつて相当とするところ、〔証拠略〕によると、被告が被害者に対し、治療費および休業補償金として合計金一〇四、五〇〇円を支払つたことが認められるので、これに被害者の前記過失割合を乗じて被告の負担すべき額を算出すると金三一、三五〇円となり、残額金七三、一五〇円は被害者において負担すべきものであるから、これを前記慰謝料金四〇〇、〇〇〇円から控除すると、結局、被告の負担額は金三二六、八五〇円となる。

四  〔証拠略〕によると、加害者が強制保険に加入していなかつたため、原告は、昭和四四年二月二五日、被害者の請求に基づき、同人に対し、金三七一、〇〇〇円を支払つたことが認められるところ、被告が被害者に支払うべき損害金は金三二六、八五〇円であるから、原告は右の限度において被告に対する損害賠償請求権を取得するにすぎない。

五  以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し金三二六、八五〇円およびこれに対する原告が被害者に支払つた日の翌日である昭和四四年二月二六日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 新田誠志)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例